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ぎゅっと噛んだ唇は、かすかに煙草の味がする。
「おい、日夏」
無言で抱きついたくらいで、よろめく人ではない。
力強く抱き返して、とん、とん、背中をあやしてくれるリズムが好きだ。もう一度目を上げると、いつもならずっと高い所にある視線と真正面で絡んで、もう一度唇が近づいたけれど。急に日夏を引きはがして、そっぽを向いた丈が大きなくしゃみを一回、少しして、もう一回。
「……あの、ごめんなさい」
「なんでお前が謝るんだよ」
「だって」
「まあいい、早く入ろう」
鼻を啜った丈に促されて、残りの階段を上る。無人の部屋は外と変わらないくらい冷え切っていたが、それでも、毎日、帰り着くたびに、飽きもせず家のにおいにほっとする。
「あの、丈さん」
「ん?」
「出かけるんですか?」
丈はまだスニーカーを脱がない。玄関の隅をごそごそと探して再びドアノブを握るので、追いかけるように日夏も玄関に降りたのだが、肩を押し返されてしまう。
「いや、階段の雪かきだ」
「今?」
「今やっとかないと、朝には凍っちまうからな」
「俺も手伝います」
「大した作業じゃない、一人でいいよ」
「でも」
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