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「え。父は死んだんじゃなくて行方不明に…」
「嘘をつくならもっと練習するんだね。表情かくすくらいできるようになんな。
あたしたちがカズイって言った時の顔、そういう風にしかみえなかったよ。」
女の深い黒の瞳が小夜を見据え、そしてすぐに優しい顔にもどった。
「そもそもカズイはそんなことしない。それはあんたの顔なんか見なくてもわかるよ。私たちはずっとカズイと一緒にいたんだから。もちろんあんたが生まれる前からね。
まあ、あいつは私たちとあまり馴れ合おうとはしなかったけど。」
女は懐かしそうに目を細めて、一つ一つ思い出すように思い出を紡ぎ始めた。
「ああ…あいつはもう本当に、嫉妬するくらい強かったなあ…。武術では誰にも負けないくらい。
宮廷一、いやロゼッタ一かなあ。あまつさえあいつは頭もすごく切れて誠実で。ほんと、ムカつくよ。
仲間には決して卑怯なことはしない。
まして、身内である娘を置いて行方不明なんかもってのほかだよ」
そうだよね、と髭の男の方を見ると、2人は何かを思い出したように苦笑いをした。
「それにしても何故。病かい?」
それこそそんなわけがないだろうと、小夜は思った。
父は病気なんてしなかった。いつも元気で穏やかに笑っていた父。
その笑顔は、小夜をいつも、亡き母のことを思い出させないような朗らかな気持ちにしてくれた。
でも小夜が最後に見た父に顔なんてものはもはや存在していなかった。
骨とわずかな肉片だった。
直前まで笑っていた翠の目、笑うと少しひび割れる唇はどこにもなく、ただそこにはどこを見ているのかもわからない暗い穴だけがぽっかりと空いていた。
小さな戸棚の扉の向こうに広がるおぞましい光景に声を出すこともできず、ただただ骨と肉から蟲の大群が退いて、人影の方へ流れていくのを眺めていることしかできなった。
血だらけの、さっきまでは父だった肉片。
それにたかっていた蟲の黒。
小夜はあの時の光景を思い出して、頭が真っ白になった。震える手を隠し、なんとか説明しようとして開いた口から出たのは微かな息だけだった。
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