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水を張ったバケツの中には燃え尽きた花火の残骸が浮かんでいる。
「これで最後」
なぜ、線香花火は最後にやるのだろう。
これじゃ一気にしんみりしてしまう。
「今年は負けないからね」
毎年恒例の線香花火先に落としたら負けゲーム。 去年は俺が勝ったっけ。
火のついた先端部分は小さな蕾を作って微かに揺れる。
「今年が最後だもんな」
俺の言葉に結依が小さく頷いた。
高校三年生の夏。結依が夢のために県外の大学に行くこと。この先の夏休みも受験勉強や塾で会う機会が減ること。
今日が終われば次の約束は無くなる。
大きく膨らんだ蕾はぱちぱちと火花を散らす。
名前も知らない虫が、躊躇う俺を急かすように鳴いているようだった。
「結依、好きだよ」
「え?」
花火を落とす作戦と本心を兼ねて。
勢いよく振り向いた衝撃で結依の花火が音もなく落ちて消えていった。
「よし 俺の勝ち」
「え、あ、ずるい!」
結依は悔しそうに俺の肩を揺すった。
俺の花火も地面に消えていく。
「その冗談はずるすぎる…」
口を尖らせて俺を見上げる。
このまま本当の気持ちを打ち明けたかった。
「結依」
ずっと好きだったこと
これからも結依の近くにいたいこと
でも、伝えたいことは声には出さなかった。
「受験頑張ろうな」
結依はどこか淋しそうに頷く。
受験のことや結依のことを考えると今は言わない方がいいのだろうか?
夜空を仰いで考えてみても答えなんて出なかった。
「帰ろうか」
高校最後の夏の始まりは線香花火が消えていくように
虚しくて、切ない、静かな夜だった。
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