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「名前は?」
一ノ瀬さんが、冷静に先輩に対して聞く。先輩は、応接室に通され、ソファセットに座らされ、目つきがおぼつかない。
「鷹上学園3ーAの、坂田春樹です。」
先輩は、しっかりとした態度で答えた。僕は気が気でない。どうしよう・・・どうしたら?・・・
「で?灯の何を知って居ると?」
先輩と向かい側に座る一ノ瀬さんは、冷静だ。痛いほどの、キツイ瞳を、先輩に向ける。
僕は、その間に挟まって、身を縮こませた。
「灯くんを・・・抱きました。彼のことが、好きです。ずっと一緒に居たいと思って居ます。」
「それを・・・私にどうしろと?」
「ただ・・・認めて貰いたくて・・・俺の気持ちと、灯くんの気持ちを認めて貰いたくて・・・」
「灯、彼はこう言っているけど、君の気持ちはどうなんだい?」
一ノ瀬さんの鋭い視線に、僕はブルッと震えた。言い逃れは出来ない・・・そんな強さが籠もった瞳だった。
「・・・・・・・先輩、ごめんなさい。僕は・・・貴方のことを好きではありません・・・」
僕が小さい声でそう言うと、先輩は、ガタッと立ち上がった。そして、僕の両肩を掴む。
「どうして?嘘だろ?だって・・・あんなに・・・俺の腕の中で・・・」
「貴方だけじゃない・・・他にもそういう相手は居ました・・・ごめんなさい・・・」
僕がそう言うと、先輩は真っ赤に顔を染めて、怒りの貌を露わにした。ああ・・・僕はなんてことをしていたのか・・・人の心を弄んで・・・僕は罰せられるべきだ・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・・・
「分かったかい?灯が好きなのは、君じゃない。この私だ。私がちょっと意地悪をしたから、気を損ねて居るだけなんだよ。済まないね。灯はもう、君たちに抱かれることは無い。許してくれたまえ。」
一ノ瀬さんは、恐怖の貌を浮かべた僕を、腕の中に閉じ込めた。そして、先輩に牽制した。これ以上、ここに居ることは許さないと言うように。
「帰りたまえ。」
冷たく冴える声が聞こえた。一ノ瀬さんの腕の中で、僕はその声に震えた。僕は・・・僕は何てことを・・・ごめんなさい。ごめんなさい、一ノ瀬さん。
坂田先輩は、青ざめた貌をして、「俺は諦めません」と言って、出て行った。
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