番外~砂の王国~中編

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・ 信じられない表情で口元を押さえたアサドに対し、ザイードとハーディの方が嬉しそうな笑みを浮かべている。 「シャール様の検査も致しますか?」 「いや…いい…それは必要ない……」 確認した医者にアサドはポツリとだが確かにそう答えていた。 先ほどハーディに言った言葉と同じではあったが何かが違っていた。 アサドの胸に不思議な感情が湧く── もうとっくの昔に諦めていたはずであった。 とくに子供が大好きであったわけでもなく、我が子が欲しかったわけでもなかった。 だが、子を持つことが出来ないとなった途端、どこかで侘しさを感じていたのかも知れない。 執着がないようでいて、アサドが一番、子に対して執着を持っていた。 沢山の子や妻達を抱えて面倒を見ていたのはそのためだったのではなかろうか── ハーディはアサド自身よりもその事にとっくに気が付いていた。 アサドは下を向き、目頭をつまむ。思わず震えそうな肩を堪え感情を抑えるアサドをハーディは優しく見守る。 「ハーディ…」 アサドは瞼を押さえたままハーディを呼んだ。 「はい。何で御座いましょうかアサド様…」 「大臣家の娘を迎えに行くのに恥をかかせぬくらいの結納の品を急ぎで揃えてくれ」 その言葉にハーディは笑みを浮かべ頭を下げる。 「承知致しました。アレフ様に直ぐに御伝えし、準備致します」 「ああ頼む…それから服も揃えて欲しい」 「はい。承知致しました……他には御座いますか」 「他に…」 手際よくハーディはアサドに受け答えしていく。 アサドは尋ねられ、少し間を置いた。 「ああ…そうだな…お前には済まないが……縫った傷が開くかも知れん」 「それは仕方のないことで御座います。花嫁を迎えに行かれるのですから男なら多少の御無理は当たり前で御座います」 「………」 「何なら傷が開きましたら私がその場で縫って差し上げます」 「………」 「それとも医者を連れていかれますか?」 アサドは饒舌に口を滑らせるハーディを呆れて見つめた。
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