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アナウンスが響き渡り、特別快速がもうすぐこの線路を通過すると告げる。
各駅停車しか停まらないこの駅に今から横切る電車は停まらず、二駅先のベッドタウンである栄えた駅で停車していた。
その事を知っている私はぼんやりと瞼を擦り、おじいちゃんに視線を戻した。
今のアナウンスが聞こえてなかったのだろうか。疑いたくなるほどゆったりとした動作で未だその身体はホームギリギリを歩いている。
何気なく電光掲示板に目を遣り、再びおじいちゃんを見る。
それを交互に繰り返しその内にレールの転動音が聞こえ、私は『まさか』という考えが頭を過った。
咄嗟に身体を動かし駆け寄ろうとしたら警笛が響き、その音に驚いたおじいちゃんが反動で入れ歯を吹き出す。
「ぐほぁ!?」
「ひっ」
まさかの入れ歯攻撃に避けようと身体を捻るが、勢いは止まらない。
おじいちゃんは急な警笛とその拍子に飛び出た入れ歯の衝撃とで、身体の動きを止めもごもごと口を動かしていた。
なんだこれ、私…動き損じゃないか。
と思ったと同時に背中越しに、
「げっ」
なんて言う声が聞こえて、私は未だ動いている視界の中その声の主を探した。
背中越しと言うと少し語弊がある。言えば頭上より少し斜め上、実際なら声が聞こえるなんてあり得ない所から間違いなく声がしたのだ。
黒目を必死に動かし、その姿を捉える。
そいつは、そいつは、
「やっちまった」
「へっ」
角のような突起物を頭に二つ乗せ、細い尻尾をお尻の方でしゅるりと揺らし身体を浮遊させていた。
赤く光る目が少し歪む。尖った八重歯が覗く赤い唇は、みるみる内に引き攣っていった。
幽霊とも言い難い、一言でいえば、悪魔のような様相をしたその男の手は私の背中を押していた。
ホームに雪崩れるように身体が投げ出される。警笛の音は止まない。
驚くほどなだらかな視界の中、私の頭の中にはちっぽけな走馬灯が流れた。
あ、死ぬ。
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