六十年分の仕事

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「帳簿と筆を用意しとけ」 「え?」 「一件目、もうすぐ辿り着く」 「あ、ちょっと…!もう少しスピードゆるめ……ぎゃあああ!」  この男、気遣いというものが出来ないらしい。絶対人に嫌われるタイプに違いない。  突然の急降下にバタバタと制服の裾が揺れていた。ついでにスカートも。  伸ばしていた胸上ぐらいまでの髪の毛が、もう全部後ろに…もはや上に向かって流れているような状態だった。  段々と見慣れた人工物が眼下に広がる。路面を走る電車や樹木のようにどっしりと構えている電柱、そこに絡まったあやとりのような電線。  途端、懐かしさと、ああこれが世界だと一気に現実に引き戻されたような気分になった。  もうすぐ目的地かと思いきや、その栄えた駅を通過し私の身体は郊外へと連れて行かれる。  そうして煤けた民家が立ち並ぶそこへ辿り着いた時、私の髪は見事オールバックが完成されていた。  走ってもないし飛んでもいない私はぜえぜえと息を吐き出しながら、薊森田の腕を掴んでいた。 「……やばいぞ、なんだその頭」  まるで引いたような顔をしているが、お前のせいだとその胸倉を掴んでやりたかった。 「だっ、れの所為で……」  文句を言おうとした瞬間、  ――――――ああ、大丈夫かしら。 「こうなった……と…、」  ――――――そうじゃないわよ、全く。 「思っ…て…?」  どこからか、声が聞こえてきて思わず辺りを見渡した。  古びた屋根瓦の重なる民家の上、見えるのは風に乗って飛ぶ鳥とぐるぐると同じところを旋回している光と…、って。 「光?」 「〝あれ〟が浮遊魂だ」 「…え?」
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