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縋るような俺の気持ちに気づいたのか、彼女はもう冗談めかそうとはせず俺を真っ直ぐと見つめていた。
その眼差しは、まるで春のようで。
『なんだか真っ直ぐ目を見つめてくるような子だったんだ、春ってそういう感じじゃない?』
ああ、そうだな。兄さんの言う通りだ。
春のように、柔く真っ直ぐ、
「うん」
凛としている。
ぐらぐらとする視界の中で、彼女がはっきりと頷いた。
その綺麗な黒髪がさらりと前に揺れる。
「偶然が重なって、どこかで会えたらね」
「……なんだそれ、青天目かよ」
一瞬、安堵した俺の気持ちを返せ。と言ってやりたくなったけど、春子はまた笑って「冗談だよ」と小指を差し出した。
「はい、約束」
ああ、こうして。
春子と兄は、約束を交わしたのかな。
そう思ったら、どこかあたたかい気持ちになって、無性に目頭が熱くなった。
「ああ、約束」
それを最後に、あの世での記憶は途切れてしまう。
俺はもう、その子の名前すら思い出せない。
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