六十年分の仕事

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 くすくすと笑い出すおばあさんが、とても楽しそうだった。  懐かしむように、けれどまるで最近あった面白い出来事を話すかのように。  私は何も言わずただただその話を聞いていた。  おばあさんの隣にいる薊森田の存在を忘れかけてしまうほど、聞き入っていた。 『花火も終盤に差し掛かった頃、ふと、参道にある出店が気になったからふらーっと移動したの。そうしたら、木の幹の後ろに隠れているおじいさんとばったり会っちゃって、私は勿論驚いたけど、それ以上に目がまんまるのおじいさんの顔がそれはもう面白くて、……きっと私の後をこっそり付いて来てたのよ。あの人。  声をかけたら、なんとなく音が懐かしくってね。としか言わないの。だから思わず笑っちゃって、もう少し見ていきますか?って尋ねたら、せっかくだからと言って、それ以上は何も言わなかった。そこから二人で花火を見上げて、懐かしさに胸が躍ったわ。出会った頃を思い出して楽しかった。私から手を繋げば、恥ずかしいと言いつつ、手を振り払おうとはしなかったの。良い年したおじいさんとおばあさんが二人で笑っちゃうわよね』 「いえ……」  そこでようやく声を出し、首を振った。  どこか、寂しい気持ちと優しい気持ちが入り混じっている。この家に感じる違和感がなんとなくわかった気がした。
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