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「人の気持ちをまるでサイコロみたいに…あ。そう言えば薊森田も元々人間だったの?」
何気なしに聞けば、その顔が少しだけ強張った。あまりに細かい動きに、瞬きでもしていたら見逃してしまいそうだった。
「…ここのやつらは、元人間しかいねえよ」
「え?そうなの?」
「どうでもいい。いいから早く書け、日が暮れちまうだろうが!」
「なっ、そんな言わなくても…!なんでそんなせかせかしてるのよ」
小言のように言えば、薊森田は溜息を吐き出し私を睨み上げた。ぐいっと顔を近づけ、上から馬鹿を見るような目で見下ろしてくる。
「お前な、ひとつ教えといてやる」
「なっ、なに…?」
「あの世とこの世の時間の進むスピードは全く違う。あの世の一日は、この世でいう二日だ。お前は死んでからあの世で二月と十五日間、眠り続けた。つまり、お前が死んでからこっちの世界では五カ月が過ぎている。そしてその時間が長くなればなるほど、この世との魂の剥離が進んで、もう二度と雨賀谷春子としてこの世に戻ることは出来ない」
「そう、なの?」
「まあお前みたいな〝死にたがり〟が、そんなこと気にもしないのは重々承知だったけど、俺はお前を元に戻さないとせっかく苦労して手に入れた死神の職を失うことになる。それだけはどうしても避けたい」
「だから、早く。書 け」トントンと帳簿を指先で叩かれた。なんて可愛げのない男だろうか。
私は苛々しながら帳簿に視線を落とし、筆を回した。
回しながら『それはね』と言葉を続けたおばあさんのことを思い出す。
『あの祭りの日、あの日に限って私を追いかけてきた理由を知りたいの。あの人のことだからきっと大した理由じゃないのだろうけど、その理由が聞けたら、聞けたなら、私はぐっすり眠れる気がするのよ』
うーん、
「…いつもは行かないのに急に行きたくなったり、普段はしないことをしてみたり、急な気まぐれってどうして起きるんだろう」
「そんなものに理由なんてないだろ。気晴らしに決まってる」
「じゃあ気晴らしってどんな時に起きる?」
「退屈な時だろ」
そうなのかな。
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