花ひらく君へ

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          □ 「ねえ、おじいさん。今年も明日見(あすみ)神社で花火が上がるんですって。行きましょうよ」 「一人で行ってこい。あんなむさ苦しい場所、暑くて敵わんわ」 「毎年毎年…今年くらいは一緒に行ってくれたっていいじゃないの」 「お前も毎年毎年、何で飽きないんだ」 「花火は一発一発がその瞬間で終わるから見逃したらもう二度と同じ光を見ることがないって教えてくれたのはあなたでしょう?忘れたんですか」 「そんなものもう忘れたよ」 「薄情な人!もういいわ、晩御飯は自分で食べてくださいね。私はもう行きますから」  その日も『私』はシゲルさんといつもの言い合いをした。年を取ると些細ことでも苛立って、つい余計なひと言を返してしまう。  わかっていても、取り返しの無いことを口から滑らせまたやってしまった、と後悔してしまう。  家族とはそういうもので、いつでも顔を合わせるものだから本音は恥ずかしいからと思ってもないことをべらべらと口にしてしまう。       少しお気に入りの靴に足を通す。素材の軽い浴衣を持っていたけど、どうせ一人で花火を見て帰るだけ。普段着のままでいいだろう。  近所の神社へ辿り着く。  幼い頃は駆け上がってもへっちゃらだったこの石段も、今ではこんなに息が切れてしまう。  参道に出ている出店の店員や石畳の上を歩く家族連れも、どこかで見たことあるような人達ばかりだった。  友人ともすれ違った。長話をしたかったけれど、どなたも家族連れで一言二言程度に会話を交わした後、またねと手を振った。
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