288人が本棚に入れています
本棚に追加
/243ページ
『私』はおじいさん以外家族がいないものだから、仲睦まじく賑やかな様子は大変羨ましいものだった。
花火を見る時は必ずここでという定位置があった。参道を抜け、もう少し先にある石段を四、五段ほど登った場所で腰掛ける。
他の場所と比べると薄暗く、参道に飾られている祭りの提灯が随分遠くに見えた。
花火が上がる。
あの人のお弟子さんのものだろうか。それとも別の人のものだろうか。『私』は花火に関しては変わらず素人なので見分けもつかず、今年も綺麗なものだと眺め耽っていた。
すると、花火の演目が最後に近づいた頃。不意に出店の方が気になった。
何かが食べたくなったわけでも、買いたくなったわけでもない。
ただ、そちらに歩いて行かなければならない気がした。
石段に敷いていたハンカチから砂埃を払い、決して早くない動作でそこを下りていく。
そうしてこの辺りでは一番幹の太い木に差し掛かった時、ぱきっと小枝の折れる音がした。
「あっ」
思わず声を上げると、その人は居心地悪そうに頬を掻いていた。
あれほど見に来ないと言っていたのに。本当素直じゃない。
最初のコメントを投稿しよう!