花ひらく君へ

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 『私』はおじいさん以外家族がいないものだから、仲睦まじく賑やかな様子は大変羨ましいものだった。  花火を見る時は必ずここでという定位置があった。参道を抜け、もう少し先にある石段を四、五段ほど登った場所で腰掛ける。  他の場所と比べると薄暗く、参道に飾られている祭りの提灯が随分遠くに見えた。  花火が上がる。  あの人のお弟子さんのものだろうか。それとも別の人のものだろうか。『私』は花火に関しては変わらず素人なので見分けもつかず、今年も綺麗なものだと眺め耽っていた。  すると、花火の演目が最後に近づいた頃。不意に出店の方が気になった。  何かが食べたくなったわけでも、買いたくなったわけでもない。  ただ、そちらに歩いて行かなければならない気がした。  石段に敷いていたハンカチから砂埃を払い、決して早くない動作でそこを下りていく。  そうしてこの辺りでは一番幹の太い木に差し掛かった時、ぱきっと小枝の折れる音がした。 「あっ」  思わず声を上げると、その人は居心地悪そうに頬を掻いていた。  あれほど見に来ないと言っていたのに。本当素直じゃない。
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