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「お前に名乗る名はない」
艶やかな黒髪に、赤色の角のような突起が二つ。
カラーコンタクト…にしては鮮やかな赤色をした目に長い睫毛と白い肌。
顔立ちは、まあ…その妙な角やらカラコンが似合っているのだから、そこそこ良いのだろうけど…逆さだからよく判断出来ない。
それにその恰好にその口調は…いかにもコスプレしましたって感じなんだけど、大丈夫かこの男。
「……わかった。じゃあとりあえず寝かせて?私、なんだかすっごくねむ…」
「寝るな!とにかく急ぐぞ!」
「い…ぅわっ!」
身体がぐわんと弧を描くように海老反った。
そこで初めて気付いたけど、逆さになっていたのはこの妙な男ではなくどうやら私だったみたいだ。
背中側から身体がもの凄いスピードで降下していく。どこから落ちているという感覚とはまた違うけど、まさに私は『下』に向かっていた。
ぐえっと、シャツが引っ張られる度に首が絞まった。まるでペットのリードでも引くかのように、男が私の服を引っ張り下に向かって〝落ちている〟からだ。
「見えた、現の門!」
独りでに呟き、更にスピードを上げる。男のしゅるりとしなやかな尻尾も、速さに合わせてゆらゆらと揺れていた。
「頼む、閉まってくれるなよ」
同時に、ギィィィッと大仰な音がこの奇妙な空間に響き始める。
「待ってくれ!うつし世へ行く!」
男が叫びながら、手を伸ばした。いい加減服が引きちぎれるんじゃないかと思った。
ギィッ、とその派手な音が止まることはない。合わせて「チッ」舌打ちが聞こえる。
そして特殊な加工をしたかのように、ガシャンッと門の閉まった音はどこまでも反響していた。
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