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『次は、終点――みころ村。終点、みころ村です』
若い女性のテープの声で、停留所が近づいたことが告げられる。少なくとも15年前から、この声は変わらない。
1日5本しか走らない、超ローカル線のバス。いつ廃止になっても可笑しくない赤字路線だが、これでも10年前の鉄道廃止後に残された、村の内外を結ぶ唯一の公共機関だ。
乗客はあたしだけかと思ったが、一番前のドア側の席に、大きな緑色のリュックを抱えた小学生くらいの男の子がいる。約2時間前に始発の駅前ターミナルから乗った少年は、最初の30分くらいは建物が減って人家が疎らになっていく田舎の景色を物珍しそうに見ていた。だが、程なく代わり映えのなくなった車窓――畑と緩いアップダウンを繰り返す山道――に飽き、座席に身を沈めてしまった。
終点を告げるアナウンスで目を覚ました彼は、慌てたように窓に貼り付くと、寂寞とした夕焼け空を見回した。道路を挟む山々は、既に影絵のようにシルエットに沈んでいる。その目は、異界に拐われたかのように不安に満ちている。
『終点、みころ村。みころ村です。どなた様もお忘れ物のないよう、お気をつけください』
バスが停車し、ドアが開いたからには、降りなくてはならない。
「ありがとう、ございました……」
「はい、ありがとうございました。お気をつけて」
乗車時の弾んだ足取りはどこへやら、トボトボ重い足を引きずるようにして、村役場前のバス停に降りた。
最終便は、19時半着。昼間の暑さと鮮やかな残照に騙されてしまいがちだが、夏至を過ぎた7月下旬は、少しずつ宵が早くなり始めている。
「君、お迎えは来るの?」
街灯の疎らな道を、キョロキョロと心細気に眺めている少年に、驚かさないよう静かに声かける。
「わあああぁ?!」
それでも、彼は虫の声を黙らすには十分な驚声を上げた。
「ごめん、ごめん、驚かすつもりはなかったんだけど」
「――お……おねぇさん、どこから現れたの……」
「さっきのバスに乗ってたよー。君、どこの家に行くの?」
動揺が収まってくると、少年はリュックを背負い直し、小さく一礼した。
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