9人が本棚に入れています
本棚に追加
「ぼ、僕、楠野優磨です。おばあちゃんが、山内って言います」
「山内……あ、おヨネさん家の子かあ」
礼儀正しさは、都会っ子だからなのか。黄色いTシャツと紺色の短パンから覗く四肢は、ネギのように白い。小学4年生の優磨君は、夏休みを機に「初めての一人旅」で祖母宅を訪ねて来たのだそうだ。
「ちょっと待ってて」
バス停のベンチに優磨君を座らせると、あたしはショルダーバッグからスマホを取り出して、短くメッセージを送る。
「今、迎えがくるから、送って行くね」
スマホをしまい、彼の隣にストンと座る。黒い山の稜線の上に、明るい星が光っている。一番星、いや宵の明星だろうか。
「えっ、でも」
「大丈夫。誠一郎おじさんが来ることになってたんでしょ? 何か寄り合いが長引いて、遅れてるらしいよ」
「おねぇさん……スマホで聞いたの?」
隣の小さな瞳が丸くなり、素直な疑問で見上げている。
「えっ? ええ、そうそう!」
あ、まずい。ちょっと喋り過ぎたかな。あたしは慌てて、優磨君の仮説に乗っかった。
その時、役場の駐車場からヘッドライトが現れ、夜の帳を蹴散らした。
「梗子ー」
太いタイヤのランドクルーザー。舗装されていない砂利道や山道の獣道にも対応できるようにと、選ばれた1台だ。
「尚ちゃん、ありがとー」
ヘッドライトの中で大きく手を振ると、明かりを落とした車の運転席から、眼鏡をかけた面長の男性が降りて来た。水色の半袖Yシャツにグレーのスラックス。ネクタイをしていないのは、クールビズか。
「この子、優磨君。ヨネさん家に行くんだって。この人、清水課長。役場の人だから、安心して」
あたしの隣で畏まっている小さな来村者を紹介し、引き渡す。
「楠野優磨です。ありがとうございます」
「おお、躾られてんなあ。遠慮なく乗って」
助手席のドアを開けて少年を乗せると、尚ちゃん――清水尚樹は振り向いた。ふわふわの癖毛が夜風に揺れる。
「じゃ、頼むね」
「梗子は」
「歩きたい気分。色々挨拶もあるし」
尚ちゃんは微笑むと、あたしの横の真っ赤なスーツケースに視線を向けた。
「荷物、運んでおこうか」
相変わらず、この人は優しい。
「ううん、いい。お土産入ってるから」
「りょーかい」
最初のコメントを投稿しよう!