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ランドクルーザーを笑顔で見送ると、あたしは大きく深呼吸をした。
ああ、夏だ。みころ村の香りがする。
カタ……カタカタッ
スーツケースの中から小さな音が鳴った。お土産達が窮屈だと呟いている。
「はいはい、あとちょっとで着くわよー」
囁いて、スーツケースをトントンと叩く。鎮まったことを確認してから、あたしは持ち手を掴んで歩き出した。
宵の明星が消えた稜線の延長上から、歪んだ月が顔を覗かせていた。
-*-*-*-
旧知の長老の元を幾つか訪ね、目的地に着いた頃には、月が天頂付近まで昇っていた。
「和ちゃーん、尚ちゃーん、起きてるー?」
門を潜り、玄関には行かず建物に沿って庭を回ると、離れの縁側に声をかける。
「あ、帰ってきた」
縁側の襖がスッと開き、尚ちゃんが微笑んだ。YシャツはグレーのTシャツに、スラックスは黒いハーフパンツに着替えている。縁側の上から手を伸ばしてくれたので、素直にスーツケースを預ける。踵の低いサンダルを石の上に脱ぎ、ピョンと室内に上がったあたしは、尚ちゃんの背中に抱き付いた。
「ありがとー、さっきも助かったぁ」
彼はあたしの頭をくしゃくしゃっと撫でる。全身に温かなエネルギーが駆け巡る。ああ、心地良いなあ。
「お帰り、梗子」
背後から、落ち着いた低い声があたしを呼ぶ。
振り向くと、切れ長のくっきりと美しい二重瞼の男性が、部屋のソファーで寛いでいた。仕事着の作務衣ではなく、藍染の浴衣姿が涼しげだ。
「やーん、和ちゃん、久しぶりぃー!」
和ちゃんこと清水和臣に飛び付いて、あたしはスベスベのスキンヘッドを抱き締める。
「こら、暑苦しい」
和ちゃんは、じゃれつく猫をあしらうようにあたしを剥がす。
「だってー、和ちゃんの磁場が一番気持ちいいんだもん」
なおもペタリと引っ付いていると、プン……と良い香りが鼻をついた。
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