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猫又は、猫の妖怪である。普通の猫が100年生きると、尾先が割れて二股になる。そうなると妖力を持ち、人間の魂を喰らうようになるのだ。
たまばぁは、元々清水家で飼われていた猫だから、清水の人間に悪さするなどあり得ない。むしろ目に見えない災禍を追い払うボディーガードみたいな存在なのである。
お土産――黒い壺の中身は、樹海で人知れず命を断った揚げ句、成仏出来ずにさ迷っていた亡者の魂だ。恨みつらみや未練や後悔、そんなものがごちゃ混ぜになった、成れの果てである。
妖かしの中には、人間を喰わなくては妖力を保てないものもいる。人間を喰いたいという渇望を抑えることが困難なものもいる。
あたしは、村人に被害が及ばないよう、全国津々浦々を巡っては、さ迷える魂を捕獲し、村に運ぶ。そういう役目だ。
「……そうだ。伏見の長老が、たまばぁにって」
再びスーツケースから取り出した、赤い玉手箱をちゃぶ台の上に差し出す
「まぁた、厄介事かね。あすこの爺さんは、すぅぐ他人を頼るねぇ」
「御礼は、最高級のマタタビだって」
「フン、物分かりだけはいいさね」
最高級のマタタビと聞いて、食指が動かぬ筈はない。猫又のたまばぁに取ってのマタタビは、あたしに取っての油揚げみたいなものだ。抗えない魅力に、項がチリチリする。
「梗子、和達に懐くのも、程々にしな」
壺の中の魂を平らげたたまばぁは、名残惜しそうに指先を舐めながら、諭し出した。
「分かってるよ」
途端、あたしは不機嫌になる。
「あの2人は人間だ。特に和は、後取りを残さにゃならん立場だ」
「分かってるって」
あたしは、たまばぁから視線を逸らし、自分の褐色の尻尾を見詰める。フサフサの2本の尻尾を。
「辛い思いするのは、お前だよ」
「もー! 分かってるってばぁ!」
ブンブンと首を振る。視界の端に、ピンと張った髭が揺れる。自分が何者か、否が応でも思い知らされ、泣きたくなる。
「九尾生やすなんて、何百年もかかろうさ。人間の時間は短いんだよ、梗狐」
言い聞かせる口調は、いつしか慰めに変わり、たまばぁの大きな掌があたしの背を撫でる。優しくて、あったかい。
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