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直後、ヘドロから一本の刃が踊り出た。しかしこれも東雲は予期していた。
馬鹿のひとつ覚えに咽喉を狙う軌跡から首をそらして、指先に力を籠める。
パキリ、とかすかな音をたてて、種は粉々に潰れた。
その瞬間、床に広がっていた黒いヘドロがざわりと波打ち、細かく震えだした。
沸騰したような気泡が無数に湧いて、そこからひどい臭気を放つ黒煙が抜けていく。
次第にヘドロの色が薄くなり、表面が朧に光りはじめた。
――厳かな光景であった。
蛍のような光の泡が、ぽつぽつと漂いながら空へと昇り、真白な月に呑み込まれていく。
東雲は眼を細めてそれらを眩しげに見つめた。
最後に残されたヘドロに小さなのっぺらぼうの口が開き、かすかな声が耳朶をかすめた。
「――……願わくば、お前の行く道に、禍事多からんことを」
消えゆく寸前までひねくれた笑みを遺して、魂の雫は遊ぶように宙をたゆたいながら、ゆっくりと天へ吸い込まれていった。
ヤツらしい、どうしようもない遺言である。
東雲は呆れた笑みをひらめかせながら、手の平でくるりと鋼鉄の銛をまわした。
「次の世ではせめて、笑って暮らせ」
穏やかに呟いた彼を目がけて、無数の矢が放たれた。
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