第1章 鬼ヶ島からの脱出

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 壁の石材のひとつに、不自然にすり減った(あと)がある。まるでなにかしらの意図をもって、幾度もなでつけられたかのような痕跡だ。  まさか、という期待を抱きながら触れると、あきらかに噛みあわせがゆるい。  慎重に押しこんでいけば、石材はこまかい砂を巻きこみながら、すべるように壁の内側へと埋まった。  それが鍵だったのだ。  ガタン、と頭上で音がして――次の瞬間、予期せぬことが起きた。 「うぉおっ!?」  突然、四本の柱につながれた狭い一角を遮断するように、分厚い壁が降りてきた。  あっという間に退路を断たれ、東雲は咄嗟にそれを蹴りつける。しかし、隙間なく立ちふさがった四枚の壁は、頭上の天板と同様の金属でできており、どれほど力を込めようとビクともしない。  そうこうしているうちに、足もとの石床がガタガタと振動をはじめ、東雲はたたらを踏んだ。  信じがたいことだが、どうやらこの空間全体が地盤から切り離され、ゆっくりと上昇しているらしい。これにはさしもの彼も、警戒した猫のように身構えた。  漆黒の闇の中、狭い金属の箱が石壁をこする硬質な音が、忍の鋭敏な鼓膜を叩く。  箱は、見えない力に引っ張られるかのごとく上昇を続け、みるみる下層部が遠のいていく……。  東雲の脳裏に、最悪の事態がよぎった。
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