第3章 烏合の戦場

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 蜩は、自分を呼んだ男の顔をそのがらんどうの瞳にとらえるや、嬉々として薄い口もとを三日月型に引きあげた。  高い金属音が立て続けに響いた。  互いに手癖を知り尽くした仲である。息もつかせぬ攻防は示し合わせたように互いの刃を弾き、かわし、また弾いた。 『東雲ェッ!』 「なんだ!」 『死ね!! 糞みてェにこっぴどく死にやがれッ!』 「嫌じゃ!!」  どこか活き活きとした命の奪いあいに、赤鬼たちは青ざめて遠巻きに距離を置いた。  すでに看過できないほどの死傷者が出ており、あわよくばやっかいな異人同士で相討ちにでもなってくれたらと、淡い期待を持ったのである。  そんなほの暗い思惑など蚊帳の外に、二人は苛烈にぶつかりあった。  先に押されはじめたのは東雲である。  生きるためには尻尾を巻いてでも逃げ回ってきた男と、率先して人を殺すことだけに執着した男の差が、徐々にあらわれる。  あの夜もそうであった。  結果として先に死んだのは蜩の方であったが、それぞれが負った傷の数は断然東雲の方が多かった。腹を裂かれ、右眼を潰され、肺を貫かれ呼吸すらままならず、あとを追うように東雲は息絶えねばならなかった。  あの時の光景をなぞるように、澄みわたった青い空へ、細く赤い線が幾筋も散った。  対して黒い影法師のような肉体は、銛を突き刺してもまるで手応えがなく、たちどころに修復されてしまう。(ぬか)に釘をうつとはまさにこのこと。長引けば長引くだけこちらが不利である。  しかし東雲は冷静だった。  蜩が対人格闘という天賦の才を持つならば、東雲の十八番は、いかなる窮地においても活路を見出そうとする観察眼にある。一手を交えるたび、東雲は生前の蜩と眼前の影法師との違いをつまびらかにしていった。
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