第3章 烏合の戦場

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 そして、東雲は眉をしかめた。  彼の知っている蜩という男は、剣戟(けんげき)のさなかに極近距離の肉弾戦を繰り出し、変幻自在に緩急を織り交ぜ、次の一手を予測させない狡猾な戦い方をする。  音無しであるために表だって評価されたためしはないが、里でも指折りの練達者であることは疑うべくもない。  しかしながら、この泥人形には致命的な欠陥があった。  決定的な一打を放つ瞬間、ただ一点、首ばかりを執拗に狙うのだ。  喉笛をかき斬られて転がっている死体の数が、その異様さを如実に物語っていた。  もともと殺しに対するこだわりが強い男ではあったが、これはそういう次元の話ではない。今の彼は、死んだ瞬間の遺恨だけが、人の皮をかぶって動いているようであった。  ――蜩は、もはや蜩ではなかった。  その事実が、東雲の胸に暗い(もや)を生んだ。 「それがお前のなりたかった姿か」  なじるような問いが出かかり、すんでに噛み殺す。  訊いたところで、ここにいる泥人形は生前の同僚ではないのだ。――ならば、もうかける言葉などない。  東雲は半歩足を引いて体を開いた。誘うようにがら空きとなった首もとへ、一切の迷いなく黒々とした刃が襲いかかる。  しかしどんなに鋭い斬撃も、軌道がわかっていれば意味がない。  東雲は突き出された腕を掴み、懐へ飛び込んだ。鋼鉄の銛が深々と蜩の胸を貫き、そのまま躰を縦に両断する。途端にぐしゃりと肉体が崩れた。  そして東雲は見つけた。  物言わぬヘドロと化した塊の中に、太陽の光を反射してきらりと煌くなにかがある。――あの宝石のような種だ。  漆黒のヘドロは淡く透きとおった種を中心にずるずると集まり、再び肉体をなそうとした。  東雲は、種がヘドロで埋もれる前にそれを拾い上げた。
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