第1章 鬼ヶ島からの脱出

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(なんだこれは……)  服装も露骨である。ズタ袋のような薄い衣しかまとっていない青鬼と、上等な皮や金具を幾重にも身につけた赤鬼。(くつがえ)しようのない格差が、厳然としてそこにあった。  青鬼たちは一様に下をむき、身動きすることすら恐れるように、震えながら肩をよせあっている。中には泣いている幼い子供もいたが、奇妙なことに声をあげることなく、わずかな嗚咽(おえつ)すらもらさない。 ――物音をたてれば暴力をふるわれると知っている、奴隷の泣き方である。  東雲は(はな)(じろ)んだ。目に映るすべてを遮断するかのように、無言で扉を閉じきびすを返す。  ――不快であった。浮かれていた心に冷や水をかけられたような気分だ。  忍として生きてきた東雲は、お世辞にも慈悲深い男とはいえない。虐げられる者を見て、我が事のように悲しむなどという純真さは、とうの昔にささくれてしまっている。  ゆえに、この感情の揺れは、青鬼を哀れに思ったからではない。  ただ、無性に気に食わなかったのだ……。  先ほど見た光景は、忌々(いまいま)しい伊賀の里で日常的におこなわれていた蛮行と、あまりに似ていた。似すぎていた。  人が人を虐げるのが当たり前だった現世(うつしよ)と同じように、鬼もまた鬼を虐げるのだ。その事実に、東雲は自分でも驚くほどがっかりしていた。 (――いけ好かねェ……)  自分を縛り、あまつさえ死においやった理不尽が、ここでもまかり通っている。あの光景を目の当たりにした瞬間、地獄の恐ろしい化け物という認識だった赤鬼が、憎き伊賀の上忍と重なって見えたのだ。それが感傷からくる錯覚だとわかっていても、湧きあがるイラだちを正すことすら億劫に思われた。  すっかり興をそがれた面持ちで、暗い廊下を引き返す。 (しょせん、此岸(しがん)彼岸(ひがん)も変わんねーな)  死後の世界で目覚め、歓喜に震えた気分は見るも無残にしぼんでいた。  こんなところ、とっとと出て行ってしまおう。先ほどとは似て非なる心持ちで、東雲は足を速めた。
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