序章 東から来た男

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   ― Ⅱ ―  時は天正七年(一五七九)八月。  かの織田信長が、天をも焦がさんと日ノ本各地で戦火をあげていた頃。  その禍々(まがまが)しき火の粉が、ついに伊賀の里にも降りかかろうとしていた。  いまだ年若き信長が次男、織田 信雄(のぶかつ)に目をつけられたのである。  諸国に散っていた伊賀忍はことごとく参集し、日夜ほうぼうを駆け巡っては、針の落ちる音すら聞き漏らすまいと、総力をあげて織田勢力の動向をうかがっていた。  その渦中に東雲(しののめ)の姿もあった。  草木も眠る丑の刻、 煌々とした月が照らす十六夜のこと。  彼が人生の選択を間違えたのは、まさにこの時であった。  命じられた諜報任務を終え、伊賀の領地に帰還した東雲は、突如十三人の男に取り囲まれた。 ――前触れなどなかった。しかしその光景を目のあたりにした瞬間、東雲はすべてを悟った。  彼は里に「いらぬ者」として切り捨てられたのである。  なぜ、などと御託を並べている暇はなかった。  東雲は即座に忍刀を抜き放つと、夜陰に沈む山林へ脱兎のごとく跳びこんだ。間髪入れず、頭上から無慈悲な矢の雨が降り注ぐ。一本が背を穿ったが、東雲は足を緩めなかった。     
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