第1章 鬼ヶ島からの脱出

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 ゆえに、東雲はくすぶる動揺と混乱の種をすべてわきへと投げ捨てた。  死地において、恐怖や迷いは命とりとなる。  間を置かず、流れるような脚さばきで赤鬼の正面へ踊り出る。  金棒を振りおろしたまま前かがみになっている鬼の喉もとへ、躊躇なく拳を放った。  喉を潰し、声を奪い、救援を断つのは忍の常套(じょうとう)手筋(てすじ)である。  続けざまに掌底(しょうてい)(あご)を打ち抜く。脳を揺らし、意識を飛ばそうとしたのだ。  ――しかし、その目論見は外れた。 (浅いッ)  東雲の渾身(こんしん)の一撃は、鬼の頑強な骨格をほんの少しぐらつかせるだけにとどまった。  言うまでもなく手加減など一切していない。それだけ強固な脊柱(せきちゅう)が鬼の体幹を貫いていたのである。  至近距離で、ぎょろりとつりあがった金の瞳と視線が交差した。  悠長に次の手を模索している暇などない。  まばたきよりも早く、戦乱の泥沼でもまれた経験則が、この場の最適解を導いた。  東雲は突き動かされるままに鬼の手首をねじりあげ、金棒をもぎ奪り、腰を落とすと、力まかせに振りあげた。 「ッ、シッ!」  凶悪な鈍器が頭蓋(ずがい)を直撃する重い音が響いた。側頭部に叩き込まれた衝撃が、今度こそ鬼の脳をはずませたのだ。  さしもの赤鬼もこれにはたまらず、節くれだった太い脚がちどり足を踏み、背面からどうっと大の字になってくずれ落ちた。後頭部を石床でしたたかに打ちつけたが、いくら待てども痛みに起きあがってくるそぶりはない。  数秒の沈黙をかぞえ、床に沈んだ巨体が完全に動かなくなったことを見とどけるや、東雲はつめていた息をどっと吐き出し、(ざん)(しん)を解いた。
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