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ゆえに、東雲はくすぶる動揺と混乱の種をすべてわきへと投げ捨てた。
死地において、恐怖や迷いは命とりとなる。
間を置かず、流れるような脚さばきで赤鬼の正面へ踊り出る。
金棒を振りおろしたまま前かがみになっている鬼の喉もとへ、躊躇なく拳を放った。
喉を潰し、声を奪い、救援を断つのは忍の常套手筋である。
続けざまに掌底で顎を打ち抜く。脳を揺らし、意識を飛ばそうとしたのだ。
――しかし、その目論見は外れた。
(浅いッ)
東雲の渾身の一撃は、鬼の頑強な骨格をほんの少しぐらつかせるだけにとどまった。
言うまでもなく手加減など一切していない。それだけ強固な脊柱が鬼の体幹を貫いていたのである。
至近距離で、ぎょろりとつりあがった金の瞳と視線が交差した。
悠長に次の手を模索している暇などない。
まばたきよりも早く、戦乱の泥沼でもまれた経験則が、この場の最適解を導いた。
東雲は突き動かされるままに鬼の手首をねじりあげ、金棒をもぎ奪り、腰を落とすと、力まかせに振りあげた。
「ッ、シッ!」
凶悪な鈍器が頭蓋を直撃する重い音が響いた。側頭部に叩き込まれた衝撃が、今度こそ鬼の脳をはずませたのだ。
さしもの赤鬼もこれにはたまらず、節くれだった太い脚がちどり足を踏み、背面からどうっと大の字になってくずれ落ちた。後頭部を石床でしたたかに打ちつけたが、いくら待てども痛みに起きあがってくるそぶりはない。
数秒の沈黙をかぞえ、床に沈んだ巨体が完全に動かなくなったことを見とどけるや、東雲はつめていた息をどっと吐き出し、残心を解いた。
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