序章 東から来た男

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 立ちはだかる一人を斬り捨て、さらに林の奥へと無我夢中で駆ける。  おそらくは、強大すぎる織田勢力との戦を目前にして、離反者でも出たのだろう。  忍といえど、しょせんは人である。恐怖が伝播し、綻びが大きくなってしまう前に、疑わしき芽はすべて一掃してしまえ、と里の上層部が判断したに違いなかった。  静まり返った杉林に、激しい剣戟(けんげき)の音が響く。  東雲はもともと忍者としては下の下、捨て石同然の処遇である。  彼の生国(しょうこく)は伊賀ではなく、伊賀国よりいくらか西の小さな農村であった。幼い時分にその村が戦で焼け、孤児となっていたところを、里の上忍に無理やり連れてこられたのだ。  伊賀の里では、そうやって拾ってきた子供に忍術を仕込み、手駒を増やすといったことがよく行われる。  しかしながら、生来伊賀忍者として育てられてきた者とは違い、教えられる忍術はうわべだけの生兵法(なまびょうほう)。捨て駒として働ける最低限の知識と技術のみである。それはまさしく今のような有事の際、簡単に始末できるようにしておくためであった。  同じ伊賀忍者同士地の利もきかず、多勢に無勢のこの状況で、忍としても半端者の彼がどうして逃げられようか。  もはや死はまぬがれない。     
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