序章 東から来た男

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序章 東から来た男

   ― Ⅰ ―  人間万事、塞翁(さいおう)が馬。人生は選択の連続である。  一匹の蝶のはばたきが遠く離れた土地で嵐を巻き起こす。  そんなたとえにもあるように、なにげない振る舞いが後にとんでもない事態を招くということが、世の中にはままあるのだ。  ――気がついた時には全裸だった。  全裸で、見知らぬ場所に立っていた。  その男、名を東雲(しののめ)。伊賀が隠れ里の若き忍である。  戦国という時世において、一寸先すらおぼつかない波乱(はらん)曲折(きょくせつ)たる日々を、ただひたすら生き抜いてきた。そんな彼ですら、今の状況には唖然と立ちつくすほかない。 「なにがどうなっとるんじゃ……」  困惑に揺れるこの台詞も、目が覚めてからすでに三度目。呟きに応えてくれる者はいない。  一体どのような選択を辿れば、ここまで奇天烈(きてれつ)な事態に陥るというのか……。  彼は十畳ほどの狭い部屋に立っていた。よどんだカビ臭い空気。風はなく、やや湿った土の臭いが鼻をふさぐ。――地下だろうか。     
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