妙な命令

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 大艦巨砲の時代は終わり、飛行機と空母が勝敗を決する時代に、超弩級戦艦武蔵は生まれた。ミッドウェー海戦で空母四隻を一度に失ってからというもの、ガダルカナルは既に奪回され、ペリリューの激戦も空しく、サイパンも占領された。このままフィリピンを失えば制海権の確保は至難となり占領下の原油地帯の安全が脅かされてしまう。  フィリピンを失えば沖縄の侵攻が危ぶまれ、硫黄島へ上陸されれば、本土都市部が敵爆撃機の攻撃範囲内になってしまう。南洋こそ本土防衛の要であるが上、なんとしてでも死守せねばなかなかった。  それに伴い発令された捷号作戦により、武蔵はシンガポールのリンガ泊地を出港し、一九四四年一〇月二〇日一二時一〇分マレーシアのブルネイに入港した。この時、勇青年は若干二〇歳であった。  投錨後間もなく「舷側塗り方用意」の号令がかかった。  ペンキを塗り終わると、姉の大和と比べて全体的に明るい灰色に塗り替えられ、竣工当時のような美しい姿になった。勇は息を飲み、その姿に見惚れた。この戦艦は今我々の手によって怪物から淑女へと生まれ変わったのである。  それからすぐに可燃物の移載へ取り掛かった。巨艦の中を乗組員総出でひっくり返した。救助艇や短艇は二つだけを残してあとは陸に降ろした。上甲板の鉄板に使用しているリノリウムも、剥がしていった。  翌日、各能力を如何なく発揮できるように、戦闘配置の整備を徹底した。正午になり「課業やめ」のラッパが晴天のブルネイに響き渡る。  停泊する連合艦隊の勇姿たちを見て勇が一服していると、背後から声をかけられ、振り向くと鹿内分隊長も一服しにきたようであった。 「これだけいりゃ敵さんにも大泡吹かせてやれるだろう」 「しかし、こうも目立つ色なら真っ先に武蔵を狙ってくるのではないでしょうか」 「それはそうだろう。しかしなァ、半年前で不完全燃焼だったンだ。お化粧直しもしたし、いい標的になるだろう」  全身の血が足下からすっと引ける気がした。 「武蔵は不沈艦です。杞憂でしょう」
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