妙な命令

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 それから何も言い返してこなかった。返す言葉を探しているのか、視線をあちこち泳がせていたが、区切りをつけるように、たばこを海に投げ捨てた。水面に落ちたそれはしばらく波間に遊んでいたが、前触れもなく沈んだ。 「これからレイテに向かうらしいが忙しくなるゾ。この主砲で敵さんの戦艦と空母を穴ぼこにしてやろう」 「レイテ、ですか」  聞いたことのない名だった。そこが自分の墓場となるのだろうか、そう考えて口何度も繰り返した。  すると、鼻腔を潮風が駆け抜けて晴れやかな気分になった。それは、一軍人として、死地を与えられたというよりも、やってやるという意気込みに近かった。戦闘経験の少ない彼にとってはこれから起こる戦闘がどのように展開し、どのような結末を迎えるのかは予想できないが、訓練で重ねた熱意と昂ぶった士気がようやく発揮できる。娑婆っ気が抜けたモンだなと思い、背後の艦橋を見上げた。  頂点にそびえるは15メートルの測距儀である。敵のレーダーは優秀と聞くが、この測距儀と帝国海軍が誇る目利きの兵がいれば問題ないだろう。何キロの砲弾が殺到しようが傷ひとつ付けれるものか。  昼食を終えてすぐ「総員甲板集合」の号令。総員二四〇〇人が最上甲板に集合すると、副長に促されて、最近着任した艦長が訓示を行った。この時初めて全乗組員に作戦の全容が伝えられた。皆の表情は終始変わらず、艦長の口から放たれる言葉に耳を傾けていた。 「この戦で日本の左右が決する。今や皇国の興亡諸氏らの手に委ねられている」と。  解散後、反対舷でもう一度タバコを咥えた。吐き出す煙の間から見え隠れする艦を見て、アレはなんだろうなァ、などと思っていると、武蔵も含め、全て脆弱なもののように感じた。  軍艦は頑丈に作られてはいる。殊更に武蔵や大和は自前の四六センチ主砲の直撃弾を受けても沈まないように出来ている。が、乗っている人間はとてつもなく脆い。人間がいなければ艦は動かない。動いていないそれらは、浮いている鉄同然だった。  さっきまでの自信はどこへ行ったのだろう。日本の興亡がこれから始まる戦で決まるという大勝負だ。だのに、空母はどこだ。  どことなく不安がよぎった。
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