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「武蔵はオトリらしいぞ」
「だからこんな目立つ色か」
「でも誰のオトリなンだ?」
「さァな。ついに気でも狂ったンかね」
「死装束だナ」
そんな会話が聞こえ、後ろ髪を引かれながらも居住区に下りて行った。
居住区に戻ると、皆が床に胡坐をかき木箱の上で何かをしていた。勇の同期で、同じ機銃分隊の射手である北村兵曹を覗き込むとなにやら便箋と睨めっこしていた。
北村は、潰れたような低い鼻が特徴だった。
「北村、なんだそれは」
「いきなり遺書を書けなんて言われて困っているンだ。俺、遺書なんて書いたこともないからどう書いたらいいものか。貴様も書け。他ンとこも書かされているみたいだ」
その時なんとも思わなかったが、いざ便箋を前にすると、なるほど筆が進まない。武蔵に配属されてから、光栄という気持ちと、常に第一線にいる艦に乗る為、いつ死ぬかも知れないという気持ちだったが、万が一にも、自分が死ぬなど考えたことすらなかった。
北村の隣で黙々と筆を走らせていた畠二水のそばには、くしゃくしゃに丸められた便箋がいくつも転がっていた。
「おい畠、そんなに紙を丸めてどうするつもりだ。便所の紙にでもするつもりか?」
畠は勇より二歳若い。あ号作戦終了後、柱島に投錨した際に乗り込んだ補充兵で、まだ女よりも大福に想いを馳せる青臭い青年である。
「決まり文句で言えば、靖国で会いましょう、だナ」
「普段お袋や弟妹に書くような手紙になってしまってもいいかナ。でも、俺が死んでこの手紙を読む時を考えると恰好がつかないよ」
ふと勇は遺書を書く内容を考えていくうちに、本当に死んでしまうような気がした。結局、遺書に手を付けずその後の出撃前最後の宴に酔い、心地よく眠りについた。
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