火を噴く

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 一九四四年十月二四日の午前一〇時、武蔵のレーダーが東方に三〇機前後の雷爆連合の編隊を感知。標準器の先にある灰色の空にぽつぽつと現れる黒い点が現れ、少し経ってパンと軽い音が鳴る。まるで花火のようだ。  射手の北村に目をやると静かにその空を見据えていたが、口角が僅かに震えていた。  僚艦が空へ向けて順次発砲を開始した。機銃や高角砲の弾幕がベールのように艦隊を包み込む。発動機の音が次第に近くなる。硬直する身体。震える膝を何度も殴った。  編隊は解列して散り散りになり、いよいよ武蔵の全砲門が狙いを定め始めた。マストにはZ旗が翻り、それを見た乗組員一同の士気はますます高揚した。近くの仲間たちはお互いの鉄兜を叩き合い、勇の身体は緊張か恐怖か震えていた。  二三日のことだ。  声高く、出撃ラッパをかき鳴らしてブルネイを出港し緊張は解けることがなかった。就寝、食事は持ち場。釣り床は全て土嚢と共に機銃受けとなった。いつブザーががなり立てるかソワソワしながらじっと空を見つめていた。  時折、見張りが「潜望鏡らしきもの見ゆ!」と発見し、護衛の駆逐艦に付近を回らせたが、反応はなかった。見張りも緊張して岩礁や流木か何かと見間違えたのだろうと。  そんな矢先である。明朝6時過ぎ、パラワン水道を抜けようと陣形を変えた。そこで突如として大将旗を翻し先行していた愛宕と、後続の摩耶が爆沈した。純全たる艦隊が一瞬にして恐怖に溺れた。間もなく高雄が落伍し、早々戦力である重巡三隻と駆逐艦二隻を失った。  艦橋で双眼鏡にへばりつく見張りに、頼むゾ。いち早く見つけてくれヨとお願いする。「武蔵は不沈艦です」と鹿内に言った言葉を自分に言い聞かせ、ぎゅっと奥歯を噛みしめた。  心臓の鼓動が早くなる――。目を強く瞑れば耳の中に轟音が響く――。くるなら早く来い。そう思った。 「テェッ!」  高々と揚げられた指揮棒が振り下ろされ一同に空を向いた全機銃、高角砲が続けざまに火を噴いた。一〇時二五分、敵機へ向けて射撃が開始された。たちまちに空が硝煙に包まれた。
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