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「よかったな」 水の張っていないプールに腰掛ける私に届いた下からの真人の声は珍しく震えていた。 中学までは私の方が背が高かったはずなのに、高校に入る頃には同じくらいになり、高二の夏には完全に逆転していた。 今では20センチ程高い真人の事を、私はいま久しぶりに見下ろしている。 卒業式の今日、真人と二人で過ごす最後の時間。 昼休みになると決まってプールのベンチで二人だけでご飯を食べた。 真人曰く、教室はうるさくて落ち着けない、ここは静かでいいとのことだった。 私たちだけの時間と空間。 ここに来ると嫌なことも全て水に流せた。 その静かで落ち着く空間が、今だけは、これからの私の孤独感をより一層増幅させた。 「本当にそう思ってるの?」 「あぁ、あいつなら心配いらないよ、安心してお前の事を任せられる」 「……そう」 「なんだよ、何か不安なのか?」 「そうじゃないけど」 「これ、内緒だけどな。あいつ1年の頃からお前の事好きだったんだよ、だからあいつの気持ちは本物だって。俺が保証する」 そうじゃない。そんな事を聞いてるんじゃないよ。 真人以外の人と付き合うんだよ? 真人、嫌じゃないの? 心の中がぐちゃぐちゃになってる。でもこんな事言える訳ないじゃない。言ってどうするの。 それで真人が海外に行くのをやめる? 冗談じゃない。それは私が一番よくわかってる。それに、やめて私と付き合うなんて、そんな真人の事を好きになった訳じゃない。 整理の付かない私は結局、また何も言えなかった。 「本当に行くの?」 辛うじて出た言葉は、そんな答えの決まりきった質問だった。 「当たり前だろ。なんだよいまさら」 「そうだよね」と言葉になったかどうかわからないほどにか細い声を最後に短い沈黙が訪れた。 真人と二人で居る時の沈黙は、とても心地良くて好きだったけれど、今だけは、話を続けていたかった。 さよならが私たちの隙間に入って来れないように。 そうすれば、ずっと一緒に居られると思っていたから。
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