盲人読書

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「ああ、ごめんね。僕ってすごくよく喋るんだ。なんというかね、不安なんだよ。君の表情とか、様子が分からないから、たくさん喋らないといけないと思ってしまって」 「べつに、気にしない」 「そっか、ありがとう」 「俺が微妙に気になっているのは、アンタがどの本を点訳に選ぶかってことだ」  シゲルはきょとんとした。 「さっきの話、聞いていたの?」 「ああ、聞こえていた。あのサトシとかいう男に点訳を頼むんだろ?」    この男は一体いつからいたんだろう?  今は夜も更けた時間の筈で、店はそろそろ閉店する頃合いだ。  しかし店主のサトシが客を残して書庫にこもるわけがないのに。  ――と、不思議なことが多いとは思いつつも、店主のサトシが戻ってくれば解決することだと思うので、シゲルは男との会話を続けようと思った。 「そうだよ。点訳された本ってまだまだ少なくてね。サトシは点訳の仕事を副業にしているから僕の気に入りの一冊をいつもお願いするんだ」    シゲルはもう一度手を伸ばして机上の本を取ろうとした。単行本は場所がずれてしまったようだから、横長と文庫本を手に取ろうと探った。けれど机上を擦る音と共に指先に触れる本が居なくなっていて、シゲルは眉を寄せた。困ってもう少し念入りに探し続ける内に、手甲を本で叩かれた。それはあの単行本だった。 「ねぇ、もしかして意地悪をした?」  シゲルは唇を尖らせて男に聞いたが、返事はなかった。  本の場所を移動させられる以外の意地悪が潜んでいまいか心配になって、シゲルは単行本を両手で丹念に確かめた。背表紙の滑らかさ、角のくたびれ具合、ざらつき、そして最期には紙の香り。 単行本サイズのこの本はだいぶ古いもので、きっと黄ばんでいるに違いない。けれどそれが堪らないと思った。古くから生きてたくさんの人に愛された証だ。  鼻孔いっぱいに本の香りを吸い込んで和らいでいると、すぐ傍で甘い吐息が漏れたことに気づいた。
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