1-1 暗転

6/11
前へ
/79ページ
次へ
   すると彼は河川敷から逸れて土手に踏み込み、こちらを窺うようにして声を飛ばす。 「ワレ、よそからきたんか? ここは広島じゃ。はよ逃げんと、空襲警報鳴っとるわい」  ぐるりと辺りを見回し、まるでそれが日常茶飯事とでもいわんばかりの口調だ。 「広島……」  確かに、先ほどから正午の時報に似たサイレンが鳴っている。彼も防災頭巾のようなものを身につけていた。  しかし、だとするとここは……いや、あり得ない。一瞬、自分の置かれた状況を相応(ふさわ)しい考えがよぎったが、あまりにも突飛すぎて声に出すことを躊躇(ためら)われた。  状況を受け入れきれずぼんやりしていると、不意に左腕を掴まれる。はっきりと見えた少年の顔は、同い年くらいだった。 「ほれ、はよ立たんか。近くに壕があるよってに、ワシと来い」  本来なら自分が逃げるだけで手一杯だろうに、よっぽどお節介焼きなのか、彼は掴んだ左腕を引く。その言動は、ほとんど有無をいわさずと言っていいだろう。  川縁に作られた防空壕には、俺と彼の他に数人いた。薄暗い壕の隅に膝を抱えてしゃがみ込み、彼は言った。  
/79ページ

最初のコメントを投稿しよう!

190人が本棚に入れています
本棚に追加