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すると彼は河川敷から逸れて土手に踏み込み、こちらを窺うようにして声を飛ばす。
「ワレ、よそからきたんか? ここは広島じゃ。はよ逃げんと、空襲警報鳴っとるわい」
ぐるりと辺りを見回し、まるでそれが日常茶飯事とでもいわんばかりの口調だ。
「広島……」
確かに、先ほどから正午の時報に似たサイレンが鳴っている。彼も防災頭巾のようなものを身につけていた。
しかし、だとするとここは……いや、あり得ない。一瞬、自分の置かれた状況を相応しい考えがよぎったが、あまりにも突飛すぎて声に出すことを躊躇われた。
状況を受け入れきれずぼんやりしていると、不意に左腕を掴まれる。はっきりと見えた少年の顔は、同い年くらいだった。
「ほれ、はよ立たんか。近くに壕があるよってに、ワシと来い」
本来なら自分が逃げるだけで手一杯だろうに、よっぽどお節介焼きなのか、彼は掴んだ左腕を引く。その言動は、ほとんど有無をいわさずと言っていいだろう。
川縁に作られた防空壕には、俺と彼の他に数人いた。薄暗い壕の隅に膝を抱えてしゃがみ込み、彼は言った。
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