1-1 暗転

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  「今回も、偵察だけじゃったらええのぅ」  人口が過密になり蒸し風呂のようになった壕の中で、彼はぼうっと入り口を眺めてごちる。外はえらく静かだ。  しばらくして、警報は解除された。ようやく閉鎖的な空間から解放されて、土手の新鮮な空気を取り込みながらさてどうするかと思いを巡らせていると、横から世話好き少年が話しかけてきた。 「さっきはいきなりすまんかったのぅ。ワシ、滋いうんじゃ。澤田(さわだ) (しげる)」 「えっ、澤田 滋?」  世話好き少年の名前を聞き、自分でも驚くほど素っ頓狂(とんきょう)な声が出る。その名前には聞き覚えがあった。  そう、確かーー。 「そうじゃ、皆には、シゲちゃん呼ばれとる」  防空頭巾を取った彼は歯を見せ、にっ、と笑う。  そしてこの時、俺の頭の中にあった憶測は確信へと変わった。なぜなら、祖父の手紙に書かれていた宛名は『澤田 滋』ーーそれがシゲちゃんの名前だったからだ。  間違いない。ここは過去の、それも原爆が投下されるより前の広島なんだ。  
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