イノセント

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故人と話すことは、それほど珍しいことではなくなった。 以前は夢物語だったらしい。人々は故人の墓に参り、祈ったり、近況を報告したりしていたが、それは生きている人から故人への一方通行の行為でしかなかった。 僕が生きている現在では、墓参りはほとんど行われていない。生前に自分の思念を残しておくという選択ができるからだ。 人の思考は脳を走る電気信号だ。死ぬ前にその電気信号を残しておく。電気信号のパターンを残しておくことはつまり、人の思考のクセを残しておけるということだ。この電気信号にアクセスすることで、生きている人が故人の思考を体験できる。つまり故人と話すことが可能なのだ。 故人の思考にアクセスするのは主にその人の身内だ。例えば故人に子どもがいるとする。子どもは人生の岐路に立ち悩んだ時、親に相談できたら、と思うことがあるだろう。その時に故人の思念にアクセスする。故人からアドバイスをもらうことも、間違った方向へ進みそうな時は諭してもらうことも、背中を押してもらうこともできる。 遺書などの類では、故人の書き残したひとつの意志を何度も読み返すことしかできない。故人が思念を残しておけば、生きている人は故人の「生きた」思考を受け取ることができる。
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