イノセント

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最初は意外だった。作品から受け取る圧力と、著書を読む限り、彼はかなりストイックで寡黙な人と思っていたからだ。やはり、文章を読むのと実際に話すのとでは、印象がまったく違う。正直にそう伝えたことがあった。画家の返答はこうだ。 「友達少なそうって言いたいのか。無礼な奴だな坊主は」 話してみる前と後で画家の印象が変わった理由がもうひとつある。それは彼の姿だ。僕は画家を、画集の著者近影でしか見たことがなかった。それも写真ではなく自画像だ。むっつりと、まっすぐに前を見つめている表情だ。自画像を見る限りでは、無口で厳しそうな人だという印象だった。 だがこうして会ってみると、当たり前だが彼には表情があった。自画像の色合いで、色白かと思っていたが、実際の画家の肌は小麦色に近かった。他にも自画像だけでは分からなかったことがたくさんある。軽く笑った時の口角の上がり具合、透き通る薄茶色の瞳、そして低く澄んだ声。 ずっと自画像の画家と作品を通して向き合ってきた僕にとって、目の前にいる画家も、かつては僕と同じ生きている人間だったという至極当たり前のことが分かったのだ。 なぜ写真ではなく自画像しか残っていないのか、以前聞いてみたことがあった。 著書の中で画家は、絵を描く者の人生に写真は必要ない、目に映るものすべては絵にして残すべきだという矜持があると述べている。 しかし実際にこうして会話できるようになって聞いてみると、画家は大の写真嫌いなのだそうだ。 「写真は、撮られるとその四角い中に押し込まれるだろ。檻の中で飼われてるみたいで居心地悪いんだ。それを赤の他人に見られるなんて私はまっぴらごめんだ。第一、私は狭いところが苦手なんだよ」 と言っていた。そんなところも人間らしい気がしてかわいらしい。
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