恩人の夏

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苛烈を極める訓練の日々にも、教官は隙を見ては私をちょいちょいと呼び出して、 「よう、コイツをかっぱらってきたんだ。旨いぞ、お前も呑め」 ニッと(やに)臭い歯を見せ、軍秘蔵の酒を振舞ってくれたりもした。 私は、学校でも軍でも御国(みくに)を守ることが個人の死より尊いと教えられていたし、そう固く信じていた。 それに私は僧侶だ。卑しくも仏に仕える身ならば、人の為に命を()すのは当然だとも思っていた。 だから仲間とともに隊列を組み神風特攻の合意を問われた折、 「志願者はいるかーーッ!」 安堂教官の恐ろしく通る声に尻込みする仲間たちを追い抜いて、 「自分が行きます!」 怯むことなく一歩前に出たのだ。 でもその時、 「ばか者ォーーッ! キサマのような軟弱者に、御国(みくに)の大事が勤まるかーーッ!」 地鳴りのような怒声とともに、飛び散る火花を見た。 安堂教官が思い切り私を殴ったのだ。 たちまちにして凍りつく陽炎の中、みぃんみぃんと鳴りやまない蝉の声だけが静寂を拒んでいた。 私は痛みでわけがわからず、ただ、すみませんと答えた。答えたような気がする。
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