ある醜い魚

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それからしばらく経ったある日。 祖父は、「ヒト」に捕まえられ、連れていかれました。 「ヒト」については、 以前、祖父に教えて貰ったことがあります。 そのため、「地上」という遥か上の方で暮らす、 未知の大型生物ということは、聞いていましたが 実物を見るのは初めてでした。 (待って!待って!おじいちゃん! ・・・ひとりにしないで! ) ごぼごぼごぼ。 孫魚の叫びは、悲しく響いて泡となって消えました。 醜い魚は、1匹になりました。 凍てつくような孤独が、彼をつつみます。 父は彼が産まれる前、 母は彼が産まれてまもなく 「ヒト」に連れられていったと言います。 暗い暗い海の底。 どれくらいふさぎ込んでいたか分かりません。 このまま孤独に1匹で死んでいくのだろうか。 あきらめかけたそのとき、 ふと、ひらひらと目の前を舞う紙切れを見つけました。 そこには、「ヒト」に囲まれた、自分と同種の魚がいました。 醜い魚の仲間は、暗い海の底ではなく 明るく、にぎやかな場所で「ヒト」に囲まれて 「ヒト」に食べられていたのでした。 醜い魚は、不思議な感覚に陥りました。 幸せそうに食べられている同種を見て 恐怖よりも、少し誇らしい気持ちになったのです。 食卓の上、美しい飾りで彩られた皿に この上ないくらい派手に盛られた同種の魚が 羨ましく、とても美しく見えました。 (わしらは気高い魚だ。) いつか聞いた祖父の言葉が、蘇ります。 「ヒト」に彩られた同種は、 まさにその言葉がふさわしく、 今までよりも少し安らかな気持ちで 醜い1匹の魚は、遥か地上を仰ぎました。 僕は、気高い。 自らの醜さが否定され この上ない美しさとして認められるまであと少し。
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