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翌日も、家を出た僕は制服のまま水族館へ向かった。
今日も彼女に会えるだろうか。
昨日のあれは白昼夢だったのかもしれない。
期待と不安がさざ波となって僕の胸へと交互に押し寄せる。
僕は小さな水槽をすべて素通りして、足早に大水槽へと向かった。
「いた……!」
ほうっと深い息を吐いて水槽の前に立つと、彼女もまた僕に気づいて近づいてくる。
「はると」と形の良い唇がゆっくり滑らかに動き、可憐に微笑む。
彼女に友好の情を返そうとして、名前をまだ知らなかったことに気づいた。
今度は僕が指さして「な・ま・え」と尋ねた。
「る・か」
そう名乗った彼女に「な・ぜ?」と尋ね、水槽のガラスをとんとんと指で叩く。
どうして水族館の水槽に人魚がいるのだろう。誰かに捕まえられたのだろうか。それにしても、人魚が水族館の水槽の中を泳いでいるというのに、誰も気に留めないのはおかしい。ということは、ルカは僕にしか見えていないのだろうか。
彼女は瞳をくるりと巡らせて、それから「ゆ・め」と答えた。
そして、またしても僕の前から突然姿を消した。
夢でもいい。ルカに会いたい。
美しい白昼夢を見るために、僕は毎日大水槽に通った。夕方までいてもルカが現れない日もあった。けれども、姿のある日には必ず僕の前まで来て「はると」と呼んで微笑んでくれた。
ルカが魚たちと戯れている姿を見ていると、時が経つのを忘れてしまう。
視界いっぱいに広がる、オーシャンブルーに照らし出された水槽の世界。
僕もその中を揺蕩うような心地良さを感じていた。
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