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「なぁカイ。俺って欲張りなのかな」
何かが俺の内側で必死に叫んでいるけれど、俺にはその言葉が聞き取れなくてすぐに消えてしまう。
それがすごくもどかしくて、もっと聞こえるようになるまで叫んでいてほしくて幾度となく耳を澄ました。けれど幾ら耳を澄ましてみても、何を言っているのかさっぱり分からない。
そうしているうちにすぐに声は消えて、遠くに小さな火が灯る。蝋燭の火よりは明るくて、沈みかけの太陽よりも鮮やかな、小さな光。
『…、待ってて…』
あの色は、幾度となく見た。声が消えてしまっても、その色だけは決して消えない。だから、
『…だからそれまで、待ってて』
誰かが囁いた。待ってて、て…何を。
「な、にを…」
「なーぉ」
う、息苦しい…。チリンチリンという鈴の音がやけに耳元で響く。しばらくぼんやりしていると、軽く鼻を噛まれた。
「痛てっ!え?おわ!カイ!」
はっきりと目を開けると、至近距離に灰色の猫の顔。どうやらカイを撫でているうちに玄関先で寝こけてしまっていたらしい。俺を覗き込む金色の瞳には、心なしか苛立ちが垣間見えた。
恐らくカイは俺を起こそうと、わざわざ顔の真ん前に居座っていたようだ。だから口の中に毛が入ってるのか…。
「悪い悪い。腹減ってたんだよな。すぐ飯にするから」
よっこいしょーっとおっさんくさい掛け声を上げて立ち上がる。どれくらい寝てたんだろ、俺。
何か夢見てた気がするけど、何だったかな。思い出せないや…。
首を傾げる俺を背後から見上げる視線に気づいて、振り返る。
わしわしと丸い頭を撫でてやると、可愛い弟は気持ち良さそうに大きな瞳を細めて一言「にゃあ」と鳴いた。
「あざといやつ。ありがとな、起こしてくれて」
それにしても、何の夢だったんだろ。というか、夢を見ていたのかすらもう怪しくなってきたなぁ。
とりあえず晩飯作らなきゃ。
そうして冷蔵庫を覗いて何を作ろうか考え込んでいる俺を、金色の瞳は背後からずっと見ていた。
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