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「鞄、適当にその辺置いといて」 来客用のスリッパを出して家の中に案内している間も、カイは柊凛から離れない。 居間に入ると、柊凛がぴたりと足を止めた。 「俺のばあちゃんだよ」 柊凛は何も言わず、しゃがんで足元に擦り寄るカイを撫でている。黒い瞳はちらりと俺を覗くと、ゆっくりと仏壇の笑顔に向き直った。柔らかな沈黙が流れ、カイの鈴の音だけが部屋に響く。柊凛は黙って俺の次の言葉を待っているようだった。 「去年死んじゃったんだ」 「…寂しい?」 綺麗な顔を僅かに伏せ、彼は聞いた。 「そりゃあね。…俺、親が居ないんだ。ばあちゃんがほとんど親代わりだった。すごく優しくて、穏やかで、太陽みたいな人だったよ」 「太陽…」 一瞬さらさらの黒髪から覗く白い耳がぴくりと動いた気がしたが、構わず続ける。 「もちろん、すごく寂しい…と思うんだけど、大丈夫だよ。カイもいるし、近所の人も皆良くしてくれる。叔父さん…えと、母親の弟らしいんだけど、その人もたまに様子見に来てくれるし」 寂しいと思うだなんて他人事のようだが、実際は本当に他人事のように感じていた。俺には、本当は感情なんて無いのかもしれないと幾度も疑った。 だって悲しくて当然のはずのばあちゃんの葬式でも、俺はひとり泣けなかったのだから。 「…そうか」 静かな黒が、再び俺を見た。 月が出ていない夜のような暗い色なのに、何故だかとても落ち着く。優しく包み込んでくれるような、だけど何色にも染まらない黒。 だけど妙に落ち着くのは、彼の瞳の色のせいだけではない気がする。 その奥の輝き…頭の奥で、何かが光った気がした。懐かしい、光。 「…昔、誰かと約束したんだ」 柊凛がはっと顔を上げた。 「誰と、何の約束したのかは覚えてないんだけど。でもすごく…すごく大切な約束だった気がする」 「…そう」 自分の口から無意識に零れ出た言葉を聞いた瞬間、話した俺自身も驚いた。約束、してたんだっけ。誰と、何を。
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