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「も、もういいですよね?ね?」と汗だくで懇願する僕に、秋野さんは声を大にして笑い、愛猫のハチを膝に乗せた。
「すまんすまん。てっきり、またセールスかなんかだと思ってな」真っ黒に日焼けした(今はまだ5月)顔で笑うと、少し黄色いがかった歯が見える。
ニャーウッ・・・ニャァッ?とハチは、僕の方を見ながら毛づくろいを始めた。
(猫は、呑気でいいな・・・)とハチを見ると、なんとなく目が合う。
「で、誰だっけ?お前さん」
「・・・・・・。」おいっ!と突っ込みたくなるも抑え、名前を言いながら挨拶の品を渡し、収穫した野菜を手に帰る。
その野菜を台所の流しに置いてから、次の部屋に・・・
「結局、誰もいねーのかよ」平日という事もあり、どの部屋の住人も留守だった。
「しょうがない。夜にでも行くか」
引っ越しの疲れや仕事が決まった安堵感もあって、いつしか僕は眠りに落ちていった。
コツンッ・・・コツンッ・・・と鉄階段(何故鉄階段?)を昇る足音とガチャッバタンッという部屋のドアがしまる音が、4号室から聞こえ目を覚ます。
「寝ちまった。にしても、随分と乱暴に閉めるんだな」起き上がり、挨拶品を手に4号室を訪れるも・・・
「ん?やっぱチャイム壊れてる?反応がない・・・」チャイムを押しても、カチカチというだけで、中からホーンが聞こえる事は無かった。
コンコンッ・・・とドアを叩き、反応を待つ。
「・・・・・・。」
5分待ち、ドアを叩く・・・
「・・・・・・。」おかしい・・・
さっき隣からちゃんと音がしたから、こうしてきたのに・・・
「留守?な訳ねーもんな・・・」ドアに耳を済ますと、中から小さく音もするし人の話し声も聞こえてくる。
「しゃーね。あとにしよ」と再度訪れても灯りはうっすらとついてるのに、やはりノックをしても出てこない。他の部屋には挨拶は出来たのに・・・
新聞受けに挨拶の品を押し込み、部屋に戻ろうとするとガチャンと取り出す音はしたが、引き返す事はせずそのまま部屋へと戻る。
「あぁ。4号室ね。まぁ、いるって言えばいるし。いないと言えばいない。なぁ、ハチ?」と秋野さんは草むらで虫と格闘してるハチに問いかける。
ここに住んで1週間にもなるのに、いまだ隣人の名前も性別もなんらわからない。
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