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「そうなんだ…別に僕も生きたくないわけではないよ?」
「?」
「だって僕もいろいろしてみたいことあるから」
大の男が子どもっぽいことを言う。
「例えば、外に出たい!それに海とか行ってみたい!」
死神の迎えが来ているというのにのんきな男だった。死神相手に夢を語るなんて。
「でも、もう叶わないもんな…」
死神が迎えにくるとはそういうことだ。彼はもうすぐ死ぬ。
「『外に出る』ということがそんなにしたいの?」
「してみたい!だって10歳で発作起こしてから入退院繰り返してたし、14歳で大っきいのやってからはずっと病院暮らしだったんだよ!?」
真夜中で静まりかえっているにも関わらず、男は大きな声で言う。
「でも、誰も病院の外へなんて連れて行ってくれないから ましてや海なんて遠くて連れて行ってもらえない」
「たしか親は生きている」
そいつらに頼めばいいのでは?
死神は無表情に言う。さすがは魂を連れて行く死神だ。同じ血をひく家族の生死などすぐに分かる。
「親なんて…それより!キミが僕を連れて行ってくれない?」
親に関しては触れてはいけないことだったようだ。男はさりげなく話題を変える。
「私?」
「そう!たぶん親戚って言えば僕の外出許可もおりると思うんだ!」
最近の発作も起きてないし。
そんな無茶苦茶な。死神はそう思った。
でも、それは不可能なことではない。死神が今晩彼の魂を刈り取らなければ、彼はあと一日くらいなら生きられる。
そして、死神の女は今までまじめに百何十年も仕事をしてきたのだ。1回の迷いくらい咎められはしないだろう。
初めて会った自分のことが「見える」人間に死神は情が移りはじめていた。
「なぜ?」
「誰かがいないと僕は外に出られないし、もしかしたら、キミ以外の誰かに僕の魂がとられちゃうかもしれないでしょ?」
男の中で死を伸ばしてもらうことは決定事項なようだ。死神もそこは別に訂正しない。
死神の女が力を使える地域はこの病院を中心にしたところだけだ。百何十年を生きていてもまだまだ若い方の彼女では広範囲で活動することはできない。もし、遠くに出掛けてしまうならば死にぞこないとなるこの男の魂はそこの地域を支配している死神の手によって刈られることになるのだろう。
男が死神界のルールを知っているとは思えないけれど、たまたま男の言っていることは正論だった。
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