知らない言語

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 ある不快な夢から目を醒ますと、そこが見覚えのない場所であることに気がついた。天井の高さも、あたりを照らす照明の温度も、そして目のまえで緩く笑みを浮かべ、何事か――日本語でも、英語でもない言語――を話しかけてくる人間も。そのどれもが、見覚えのないものだった。  青みがかった夜色の髪を遊ばせている青年は俺とそう背丈も年齢も変わりないように見える。切れ長の瞳と柳眉がなんとも言えぬ涼しげな印象を与えてきた。ひと言で言ってしまえば、その青年は美丈夫であり、テレビの中でしかお目見えできないような容姿をしていた。  その横にいる淡い砂色の髪を肩口で揺らす青年も、多分同年代だ。表情が少しばかり強張っていてしかめっ面をしているからはっきりとは言えないけれど、こちらの青年もとても顔が整っている。  そんなモデルのような二人組が俺の頭のうえで日本語でも英語でもない言語で話しているのだ。緊張というか不安というべきかわからないけれど、平時との違いに身体は強張り、まるで金縛りにでもあっているのかと錯覚するほどである。  何はどうあれ、状況が掴めないままというわけにもいかず、なんとか「What?」と声を振り絞った。すると二人の青年は顔を見合わせ、それから二言三言、また謎の言語でやり取りをしてから「君は日本語を母国語とする日本人、だよね?」と黒髪の青年のほうが流暢な、あまりに流暢な日本語で尋ねてくる。その 見た目とのギャップに目を白黒させながら「そう……だ」と答えた。すると彼は藍色の瞳をキュッと細めて満足そうに「よかった、成功だよ。……はじめまして、佐久間暮人くん」と宣う。  見覚えのない空間、見覚えのない人間。俺を取り巻くこの周囲一帯が知らぬものだというのに、何故この人は、俺のことを一方的に知っているのだ。  口もきけずにはくはくと唇を動かしていると「嗚呼、いきなりのことで驚いているのかな」と手を打ち、それから「僕の名前は勝海志英だよ。こっちは二河楼砂。彼は僕の……そうだな、君の知識で言うところの『奴隷』に当たる存在だよ」と快活に言ってのけた。
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