知らない言語

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 その言葉に、いかにも友好的な振る舞いを見せる男に、警戒心が解けずにいる。まず、日本人離れしたこの容姿で日本人の姓を名乗ったことに違和感があった。いくら人は見た目で判断できないと言っても、そもそも彼らは日本語以外の言語を使って会話していたのだ。日本人ではないと判断するほうが自然である。そもそも、ここがどこであるかも未だ明かされていない。俺を一方的に知っているような口振りからして、なんらかの要因で、俺はここに連れてこられたと考えられる。  そして今――西暦二〇一八年現在――の日本では、奴隷制というものは認められていない。奴隷という単語は冗談で言ったにしてはあまりにも自然な音であり、そして同時に、とても不自然な単語であった。茶化すようなニュアンスではなく、彼は真剣にその言葉を選んだ。同じ言葉で別の意味を持っているとは考え辛かった。俺の常識に照らし合わせてはめられた言葉であると、その口調から読み取れたのである。  そう、彼は俺の常識と彼の常識をすり合わせてその発言に至った。だとしたら、ここは俺が暮らしている日本とは違う文化圏の可能性が高い。目的は皆目見当もつかないが、眠っている間に拉致されたという可能性があった。 「……俺をこんなところに連れてきてどうするつもりだ。俺を拉致したところで金も地位もないんだぞ。時間の無駄だ」  身代金を要求されたところで金などない。社会的地位と言っても、俺はただのしがない公務員、高校の現代文の教師である。一国の総理大臣でもなければ、会社のトップでも、社会的地位のある著名人でもない。 「……暮人くん、ここになんできたか覚えてないの?」  憐憫の瞳に首をひねると、「君、交通事故でダンプカーに撥ねられたから、ここにいるんだよ?」と男はいった。
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