知らない言語

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「は? そんな嘘を言われて誰が信じるんだよ」  勝海と名乗った男をぎっと睨む。けれど彼は俺の視線を感じていないのかはたまた気にしていないのか。俺の言葉を無視して「僕はダンプカーに轢かれてしまった暮人君を、僕が用意したダミーの人形を入れ替えた。そう、暮人君は僕に救われたんだ。だからその見返りに、君には僕の『奴隷』になってもらいたいんだ」と言ってのけた。  その言葉は、俺の神経を逆撫でするにはあまりに十分な威力を持っていた。だってそうだろう。この男はありがた迷惑なことに、人を救った気でいるのだ。俺はおかげで知らない場所に来てしまってた。この先の未来を、俺は誰も知らない場所で生きて行くことに強制的にされている。知っている人、一緒に生きたいと思う人がいない世界で生かされることになるのだ。しかもこの男の『奴隷』として。誰がそんなこと認められるか。  それに、俺をダミーの人形と入れ替えたと彼は言った。そんなこと、普通できっこない。彼らは俺を騙そうとしているのか、それとも洗脳しようとしているのか。どちらにしたって何故そんなことをする必要があるのか皆目検討がつかない。俺はただの、しがない教師でしかないのに。 「騙され、ないぞ……」  身を起こし、その場から逃走しようとするも止められてしまう。「志英、その言いかたでは彼は納得できないどう。……君、まだ動かないほうがいいよ」と俺の肩を押し返した男はどこか憐憫を孕んだ瞳で俺を見てきた。やめてくれ。そんな可哀想なものを見る目で俺を見ないでくれ。  俺は、俺は……。 「そういえばまだ言ってなかったね。ここは暮人くんが生きていた時代よりもずっとずっとあと。気が遠くなるほど後の世界だ。僕は君に、君の時代の知識に用があった。だから君を、この世界に召喚させてもらったんだ」  志英と呼ばれた男はこともなさげにそう言い渡してきた。俺が必要だった。俺以外の誰でもよかったはずなのに、俺が選ばれた。 「たった、それだけのために」  意味も理由もない無差別殺人と同じだ。犯人は誰だってよかったという。被害者はたまたまその場に居合わせただけ。
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