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1.とある村で、少女と。
草木は黄色く様変わって、秋の気配を感じさせていた。
地面を覆わんとする落葉の上を、時折ぱきりと枝を折る音をたてながら、余市は歩いていた。
この山は、行楽地とはやや離れていて、そもそも普段から人が訪れることは少ない。秋口となればなおさらで、冬に向けてたくわえを作るべく活動する動物はあれど、周囲に人の気配はなかった。
夏の残り香ただよう暖かい風は、ただただ静かに、到来する冷気と混ざり、微妙な寒暖のもつれを作り出していた。
かすかに白くなる息を吐き出しながら、傾いた日の中を、余市はただ歩く。
ぱきり、ぽきり、かさり、くしゃり。
そうして生まれる足音をいくつ重ねただろうか、余市の行く手に一つの村落が姿を現した。
木々の間にひっそりと、十か二十かの、背が低く、古びたあばら家がたたずんでいる。
余市は、その中の一棟に歩みを向ける。
戸口から中を伺ってみると、そこは廃屋のようだった。居間の畳は茶色く変色し、埃か墨かわからないが、黒いもので汚れ、土間は木板がはがれ、囲炉裏には蜘蛛の巣が張っている。台所で近年水を使用した形跡はなく、釜も古びて、こちらにも埃が積もっている。
このあばら家で暮らすものがいないという事実は、中に立ち入らずとも明白だった。
「おにいちゃん」
不意に、声がした。
振り返ると、一人の少女が立っていた。
年の頃は十二、三といったところか。
乳白色をした一枚布の衣服に、それに溶け込みそうな象牙色の肌をした彼女は、まるで気がはやって飛び出してきた雪の妖精のようだった。
「おにいちゃん、なにしてるの?」
「すこしね、このあたりをみてみたかったんだ」
と、余市は優しげな微笑みを彼女に投げて、そう言った。
「ふうん」
くりんとした猫を思わせる黒い瞳が、その言葉の真偽を確かめるように、余市を見つめる。それから少女は少し、逡巡したように見えたが、
「じゃあね、わたしがおにいちゃんを案内してあげる!」
そう言った。
「ついてきて」
そう告げると、少女は歩き出した。余市もそれに続く。
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