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「あ!おじーちゃん!それと、そんちょうさんも……どうしたの?」
いつものように、少女は、親しい村の人々を出迎えた。
猫のように無邪気な瞳をきらきらと輝かせ、なんとも嬉しそうに、何も知らずに、その扉を開いた。
母は、村に蔓延る病に怯えながらも、娘に不安を悟らせてはならないと、今日もいつもの通りに夕飯の支度をしていた。
父は、そんな妻を支えようと、妻以上に気丈に振る舞い、いつも以上に父であろうとし、いつも以上に日々の仕事を懸命にこなしていた。そうして家に帰っては、妻を、娘を見守っていた。
そんな日の暮れの、ことだった。
その目は、思いつめていた。
その目は、張りつめていた。
その目は、少女の知っている優しい目ではなかった。
「逃げて!」
母が、叫んだ。
「やめてくれ!」
父は、伸びてくる無数の手を押しとどめようとした。
「村を救うためなんだ」
一人が言った。
「俺たちは助かるんだ」
別の一人が言った。
父は、母は、少女は、押し寄せる村人に逆らえず、押さえつけられた。
「なんで」
「だして」
「おねがい」
「おかあさん、おとうさん」
出された食事に手をつけず、少女は座敷牢の中で泣き、嘆き、哭いた。
それでも、彼女は、父に、母に、会えなかった。
病は、治まらなかった。
卜者の対応が間違っていたのか、それとも卜者自体が偽物だったのか、今となっては誰もわからない。それを知る人もいない。
村の人々は一人、また一人と加速度的に勢いを増して、倒れて行った。
その頃には、少女は嘆くこともせず、ただ格子窓から月を、星を、空を眺めていた。
「そうやって、だれもいなくなっちゃったの」
そう、少女は言った。
「君は、くるしかったかい?」
余市は問いかける。少女の瞳をまっすぐに見つめながら。
少女の瞳も、余市をしっかりと捉えていた。
「ううん……」
少女は首を横に振る。
そうして寂しそうに微笑みながら次の言葉を紡ぐ。
「みんなの、やさしいえがお、もういちどみたかったな……」
余市は、ふみの頭を優しく撫でてやった。
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