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良い時間になると、船宿から迎えの猪牙がやって来る。
お絹の家では、ずっと以前から川開きの舟遊びは毎年、橋場の船宿〔三好屋〕に万事を任せていた。
猪牙はぐいぐいと大川を遡ってゆく。夏の陽光に水飛沫がきらめく。日暮れには間があるけれど、川風は涼しくて気持ちが良かった。
まだ、人も舟もまばらだけれど、花火が上がる頃になれば、両国橋は今にも落ちそうなほどに人がひしめき合い、川面には、向こう岸まで飛んで渡れそうだと思えるくらい、びっしりと舟が並ぶのだ。
三好屋の女将は、満面の笑みで一家を出迎え、
「本日はおめでとうございます」
深々と腰を折る。
よく分からないけれど、お絹も大きな声で、
「おめでとうございます!」
と、返しておいた。
お父っつぁんは、
「いえ、いえ、まだ分かりません。何しろ……万事こんな調子で」
慌てたように手を振った。
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