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「自惚れるんじゃないよ。お前、清太郎という名をいいことに、この大黒屋の跡取りみたいな風を吹かせていたそうじゃないか。あんな所の女だ。いずれお前がそっくりこの身代を受け継いだ暁にはあわよくば身請けを、なんて夢をみて貢いでいたんだろうよ」
「違う! 綾野はそんな女じゃない!」
あんな所の女、などと言うのを聞いて、かっと頭が熱くなる。
しかし、だからと言って殴りかかるほどの気力も腕力も持ち合わせてはいない清太郎である。
何しろ米問屋の男達は、皆屈強だ。主になればもうさすがにしないが、若いうちは奉公人と一緒になって米俵を担ぐ。そのくらいでなければ示しが付かない。
「いい加減に目をお覚まし。実際には妾腹の三男で、間違っても店を継ぐことなんか無いということも、ようく伝えておいたからね。尾花屋はもとより、吉原中どこの店でももうお前のことなど相手にはしないだろうよ」
清太郎は、妾の子。既に二人も兄が居たから、母が死ななければ大黒屋に入る筈ではなかった。
年取ってから出来た、母に似て見目良く生まれついた清太郎のことを、はじめのうちこそ早くに母を亡くして不憫だと溺愛していた父親も、今では清太郎が何かしでかす度に、やはりあんな所の女の子だからと言う。
あんな所の女――女郎を妾にしたのは、一体どこの誰なんだい。
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